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『福』

2011sakura_011 「福」

10年以上前に

読んだ

誰かの

なんとかいう本に書かれていた。

今日 何故か

記憶がよみがえった。

題名を すっかり忘れてしまっているのが 歯がゆいけれど・・・・。

「福」というのは

真裸で生まれてきた私たちが

「衣」をまとうことが出来

しかも

「一口」のお米を口にすることが出来る 「田」を 

持つことが出来た

それを 「福」という。

のだそうだ。

もちろん

真偽のほどは 定かではない。

しかし それに比べると 私達は

あまりにも 欲を持ちすぎたのかもしれない。

何気ない日常が ほんとうは 

かけがえのない素晴らしい日々であることを 

忘れまいと思う。

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安全なエネルギーを!

Tentoumusi 妹が

七星てんとう虫を

見つけたと

写真を

送ってくれた。

自然は

いつも

真の豊かさを

与えてくれる。

そして 命の尊さも教えてくれる。

私達の多くは

誰かの命と引き換えに

便利で快適な生活をしたいとは

考えて居ない。

自然エネルギーの地熱発電(現在日本に18箇所あるそうだ)や

洋上風力発電(風向きが一定で 発電しやすいそうだ)など

原子力発電に変わるエネルギーとして

安全なエネルギーを生み出す為の研究開発に

地道に 取り組み続けてきた人たちが 多く居たことを

情けないことに 今回の震災で始めて知った。

多くの利権がからみ

それらは 原発の影に追いやられ

結果 

「今すぐには 原発に変わるものはない。

脱原発などと 簡単に口に出すものではない。」

という声も 多く聞くことになる。

それでも 

避難を余儀なくされている方達や

餓死した牛や馬 豚 鶏 犬や猫たち

そして 今も放置され 飢えている動物たちがいる 

福島の現状を知るにつけ

安全な自然エネルギーへの速やかな移行を

願わずに居られない。

「過ちを改めるに はばかることなかれ」

私達は 過ちを犯すけれども 改めることも出来る。

http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/193272961.html

↑ 

福島原発事故発生時、

「東京電力の勝俣恒久会長が大手マスコミ幹部を引き連れて中国旅行に行っていた」と

一部週刊誌が報道している問題で、勝俣会長は3月30日、

「マスコミOBの旅費は東電が大部分を持った」と明かした。

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散る桜

1104_001「散る桜

残る桜も

散る桜」

この句を

恥ずかしながら

最近知った。

良寛さんの

辞世の句の一つとされているそうだ。

「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉」

この句も 良寛さんの自然体で生きる姿があらわされていると思うし

誰もが持つ 光の部分も暗い部分も認めることで

人を ほんとうに優しく受け入れていた方であることが判る。

残っている桜も やがては散る。

人は それを知りつつも 精一杯生きようとする。

みんなが 生きることで お互いを支えあっている。

「みんな つながっている」 

多くの人が そのことを 心の奥底では知っていたことに

気付いたかもしれない。

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彦根の桜 2011.4.12

2011sakura_003昨日 4月11日に

彦根では満開になった。

平年より1日

前年より5日

遅い満開だという。

2011sakura_009_2

16日に 

雨が降るという予想なので

見頃は 

ここ2~3日といったところらしい。

Siro

おすすめは やはり 彦根城の夜桜。

それも お堀に映る桜。

幽玄といった言葉が ピッタリなので

機会があったら 是非。

このアングルでは 明るく感じるけれど

実際は もっと暗く

一人で見ていると 怖さ さえ感じるかもしれない。

非日常の感覚を楽しみたい方に!(*^_^*)

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彦根の桜 2011.4.6

1104_004主人の話によると

配達途中で

彦根城の近くを通ると

観光バスが

連なっていたそうだ。

残念ながら

彦根城の桜は 

まだ1~2分咲きといったところで

満開の見事な桜を 見ていただくには

一週間ほど 早いかもしれない。

その彦根城から 南東へ 

直線距離で約500mほど離れている うちの裏に咲いている桜は 

まだ 写真のように

ほころび始めたばかり。

今週末には 雨が降るという予想だけれど

たぶん その雨は 花散らしの雨にはならず

その後の 桜は 見事なのではないかと

想像している。

桜の花は 自分の役目を知っているかのように

ただ 咲き誇るのではないか。

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