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ふたご用のベビーカー

100_2091 昨日の夕方

花の手入れをしていると

カラカラという音が近づいてきた。

顔を上げると目の前に

ふたご用のベビーカーが!!

実は 一週間ほど前にも見かけたが

急ぎの用事の途中だったので

赤ちゃんを覗き見ることが出来ず 残念な思いをしたのだった。

それで 一瞬は躊躇をしたのだが

「何ヶ月ですか?」と声をかけると 「8ヶ月です。」という答え。

20代半ばの母親は ニコッと笑ってくれた。

二人の赤ちゃんは 大事に育てられているのが 良く判るほど健康そのものの感じだった。

しかし 明らかに 二卵性双生児に見える。

特徴がまるで違っていた。

「こっちは 男の子ですか?」

すると 笑いながら「いいえ 女の子なんです・・・。」

「えー、しっかりしたお顔なので ごめんなさいね。」

「それじゃ 女の子の双子さん?」

今度も笑いながら「いいえ こっちは男の子なんです・・・。」

ありゃ まぁ!

失礼なことを言ってしまって・・・と恐縮していると

「みなさんに 間違えられるんです。(*^_^*)

家では この子の額に『女の子です』って 書こうかなんて 話してます。」と言って 笑ってくれた。

女の子に間違えた男の子は にっこにこ 笑って見ているし

男の子に間違えた女の子は じーっと 胡散臭いものを見るかのように見ている。

しかし 両方ともぷっくぷくのほっぺや 足の裏をさわらせてくれた♪

これからも散歩の途中であったら 笑ってね~♪

3回に一回ぐらいは 覗きこんでもいいよね?

平成19年生まれの お仲間さんへ  (*^_^*)v 

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「助ける」為に「助けられる」

100_2079 新聞に 国際ボランティアに意欲を燃やしている若者への提言が書いてあった。

大学の准教授の文章だったが

こんな主旨だった。

「助ける」為に

「助けられる」という経験をして欲しい。

その為に 一ヶ月ほど言葉の通じない国へ行って 一人で暮らすということを 選ぶのも良い。

必然的に 多くの人の助けが無ければ 生きられないことを身に染みて判る事になる。

人を助けたいという純粋な思いは とても大切であるが 自分自身も多くの人に助けられて生きているという実感の乏しい現代社会に生きている若者にとっては そういう体験が必要なのではないかというのだ。

「助けられる側」の思いを知らないと 「助ける」ことの押し付けになったり 自己満足でしかなくなることへの危惧からだろう。

相手が望むことが何であるかを知る前に 必要としないことまで無理やり押し付けて 援助してやっているという気持ちを持ってしまうのでは 意図することから外れてしまう。

記事を読み進めて ふっと思った。

ひょっとしたら 今 経済的にあるいは精神的に「助けられている」人は 「助けたい」気持ちが強いため あえて「助けられる」経験を選んでいるのかもしれない。

「子供の頃 お医者さんに助けてもらったので 医者になりました。」などという話も良く聞くが 医者になって人を助けたいという思いが強いからこそ その前に怪我や病気になるという経験をしているのかもしれない。

こう考えると この宇宙の仕組みは測り知れないほど壮大で 思わず感嘆の声を上げそうになる。

「助けられる」という経験が いかに大事か!

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天地無用

Torannpetto 若者の日本語が乱れているという

ニュースを見た。

いくつかの言葉があったのだが 

その中で「天地無用」という言葉に

ひっかっかった。

本来は 

「運送する荷物などに表示する語で、破損の恐れがあるため上と下を逆にしてはいけない」の意である。

しかし 運送業に従事している若者でも 平気で横積みにしたり 上下を逆さにしたりしているのだそうだ。

こういう言葉は いつ覚えるんだろう・・・?

というか 私は いつ覚えたんだろう・・・?

それに よくよく考えると「天地無用」という言葉は 

「天地を考え無くても良いですよ♪」と

受け取ったほうが 当たり前のような気もしてくるので 変な気分になる。

「天地無用」は それでは どこから生まれた言葉なのか!?


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を見てみたら

「天地無用!」として

OVA、テレビアニメシリーズ、ライトノベル小説、アニメーション映画の各メディアによってそれぞれに発表された特定キャラクター(そのメンバーについては「基本キャラクター」の項を参照)が出てくるシリーズの代表的な名称。

と書いてあった・・・(~~;

う~~~む・む・む。

これでは 私がわからない・・・。

もちろん 「天地無用」として ちゃんとした言葉の意味が載っていたのだが 「天地無用!」のほうが先に載っていた。

時間は 飛ぶように流れているし 情報機器も季節ごとに進化しているように思う。

世代が違うと 見えている世界がまるで違うのかと 思ってしまうが 

笑顔で話すと笑顔で返してくれるから やっぱり 根本的には変わらないんだろうね。

宅配便のお兄さんに 実は さっきも言ったのだった。

「天地無用でお願いします。」

「はい 分かりました!」

笑顔の ヤマト運輸のお兄さんだった。(*^_^*)

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どうしよう!?手から物が落ちる。

「ガッシャーン!!」

左手から お盆が滑り落ちた。

何故!?

ここのところ 一週間で ほとんど毎日のように 何かを落としていた・・・。(~~;

まずい・・・・。

何かが おかしい。

ひょっとしたら・・・脳!? 頭の中で色んなことが 渦巻き始めた。

母も 腰がおかしいと言うので 一緒に近くの針の先生に診てもらうことにした。

この先生がとってもすごい人で 針と言っても 打つのではなく ほとんど触れるだけなのだ。

脈や気を読んで 経絡を正常に整えるために針で触れるだけで 痛みはまったくない。

普通の針を知っている人は 何にもしてくれない 物足りないと 思うらしい。

物を落とすようになった という話をすると

「重篤な病状の脈は出てないから 大丈夫ですよ。

どういう時に 落とすんですか?」と 聞かれた。

「物を持ちながら 気が他に行った時に 滑り落ちると言う感じです。」と答えると

首と肩に触れ

「あー、バリバリに張ってますね。

たぶん このせいでしょう。肩こりがひどい。」

「朝起きた時が 一番疲れている感じなんですけど・・・。」

「うん、これじゃ 眠れないね。」

そう言って 治療した後

「今晩は ぐっすり眠れますよ。

この凝りが取れたら 左手から物が落ちるということも なくなるでしょう。」と言ってくれた。

これが おとといのことで 良く眠れるのを楽しみに寝たのだが

蒸し暑さで 目が覚めてしまって 

「何も変わらないぞー!」などと 思っていた。 

しかし 今朝の目覚めは ここしばらく 感じたことがないような すっきりしたものだった。

体も軽いし 良く寝たー!という 最高の気分!!

疲れが溜まっているとは 思っていたけど 物を落とすほどだとは思ってなかったし

一生懸命ストレッチをしていたので 楽にならないな・・・とは思っていたのだが

ストレッチを一生懸命やったのが 間違いだったんだな・・・。

体をほぐす目的が 凝るほど がんばってやったら 駄目じゃん!!

少しは涼しい風が吹くようになったし 体の力を抜いて 流れる雲でも眺めることにしよう。

いざと言う時の為に 力は抜いておかないと・・・。

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すわ! 天変地異か!?

100_2081_2昨日のこと

夕飯を食べ始めると

小鳥のさえずりの大合唱が

どこともなく 聞こえてきた。

「珍しいね・・・。

カラスやトンビ以外の鳥の鳴き声が

                     

100_2085_2 こんなに聞こえるなんて・・・。」

などと 話しながら ふっと外を見ると・・・・。

「わぁ~~~!

見て見て! すごい数!!」

100_2082

食卓から 見える範囲でも 電線には

百羽以上のムクドリ(たぶん)が とまっていた。

「何かあったのかな・・・?

それとも これから 何かあるのかな・・・?」

思わず 外に出て 様子を見た。

すると 見渡すかぎり 電線にとまっており

その数は 一千羽以上のように思えた。

デジカメに収め 食卓に戻り「すごい数だよ! 言葉が話せれば 聞けるのに残念。」

などと 言った 次の瞬間 空の景色が一変した。

電線から 全ての鳥が居なくなり 静寂が訪れた・・・・。

一体 何が起ころうとしているのか!?

何か 強い電磁波でも 近くで 発生したのだろうか・・・・。

不気味な静けさを残して 鳥たちは集まり居なくなった。

所有物を一切持たず 明日の食べ物の心配もせず ただ 今を精一杯生きる動物や

鳥達に教わることは多い。

自然の変化を いち早く察知する鳥達の 普段とは違う行動に 気味の悪さを感じたが

それも 自然のなせる技であったのか・・・。

何事も 起こりませんように そして 起こしませんように・・・。

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