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山笑う

133974336_14 今朝のNHKの天気予報のコーナーで 

春の芽吹きの頃の「季語」として紹介されていた。

「山笑う」

なんて 豊かな表現なんだろう!

春は「山笑う」

夏は 「山滴る」  (したたる)

秋は「山装う」

冬は「山眠る」

日本人として生きてきた先人の 自然に対する愛着がとても感じられ

へぇ~~~と 朝から感心しきりだった。

さらに「かすみ」と「おぼろ」の違いも今日知った。(*^_^*)ゞ

『春になると太陽の光が次第に強くなり、地面の温度が高くなってきます。
そうすると対流が起こって、ちりやごみが立ちやすいのです。
このように空気中にさまざまな細かい粒子のものが浮かんで、
遠くがはっきり見えない状態が「かすみ」です。

また、夜の「かすみ」は「おぼろ」で、
かすんで見えにくい月のことを「おぼろ月」といっています。
昼は「かすみ」 夜は「おぼろ」と呼んで使い分けているのです。』

霞「かすみ」と朧「おぼろ」は 昼と夜の使い分けだったんだ~~~!!

朧月夜(おぼろづきよ)

               作詞:高野 辰之     作曲:岡野 貞一
1.菜の花畠(ばたけ)に
  入日(いりひ)薄れ
  見わたす山の端(やまのは)
  霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば
  夕月かかりて におい淡し(あわし)

2.里わの火影(ほかげ)も
  森の色も
  田中(たなか)の小路(こみち)を
  たどる人も
  蛙(かわず)のなくねも かねの音も
  さながら霞める(かすめる) 朧月夜

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一瞬先は”光”

100_1888 ある日 2匹のカエルがうっかり足をすべらせて ミルク壺に落ちてしまいました。

「ピコちゃん!大丈夫かい?」

「ピョンちゃん 大丈夫だけど ここから出られるかな・・・?」

2匹のカエルは 壺から出ようと 一生懸命 壺に張り付こうとしましたが ミルクとつるつるの壺では 張り付くことも出来ず もがくばかりでした。

それでも 2匹は手足を動かし続けましたが ついに一匹のカエルが

「ピョンちゃん 無理だよ。僕達はここで死ぬんだ・・・。」

「ピコちゃん 何を言っているんだ!あきらめちゃ ダメだ!!」

しかし やがて一匹のカエルはミルク壺の底に消えていきました・・・。

「僕は 絶対あきらめない!」

残ったカエルは さらに 手足を動かしました。

すると!!

なんということでしょう!

ミルクが固まり バターになったのでした!!

カエルは「ピョン!」とはね 壺から出ることが 出来ました。

*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○

以前読んだ寓話だけれど 何故か妙に心に引っかかっている。

「失敗とは 途中で止めたことを意味する。」こんな 言葉も思い出した。

私のバターは いつ 出来るのかな・・・。

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ひこにゃん その2

100_1853

先日の日曜日の彦根城入場者は

1万4千人!

お城の周りの人出は 5万人だったそうな・・・!!

土日の人出は 予想されていたが 

これほどまでにぎわうとは 

関係者も思っていなかったようで

平日でも お城の方向へ向かう道は どこもかしこも渋滞しており 付近の住民は 日常生活にも不便をきたしているらしい・・・。

100_1831_1 姪の話によると 彦根駅はいつにない混雑振りで

「あんな彦根駅は 見たことが無い!

どっからきはったんやろ

 これだけの人!」

と 見渡してしまうほどだそうだ。

ひこにゃんの人気は 

どんどん上がっているようで静かな城下町のにぎわいは まだ当分続きそうだ。

観光客の減少で 経営が苦しかったお店も 活気を取り戻し 

ひこにゃんは本当に「招き猫」として大活躍している。  

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ひこにゃん

100_1841 桜の花の満開も近い日曜日となって 彦根城の廻りは車の列と いつもは見たことの無い人の波で 大騒ぎとなっていた。

戦の為に作られた城ではあるが 幸いなことに戦をすることもなく 今では 貴重な文化財として大切に保存されている。

400年祭を盛り上げる為のマスコットとして考えられた 「ひこにゃん」が 関係者の予想をはるかに超えて人気者になっており みやげ物も売り切れ続出ということだ。

街の中で 「ひこにゃん」の自動販売機を目にしたので 思わず 撮ってしまったが やはり見ていると 体の力がほっと抜けるように思えて 人気はこの辺にあるのかなと思う。

今日は あいにくの100_1851曇り空だったが 桜の様子も気に係り 自転車で周ってみた。

青空だったら もっと お堀に写る桜もきれいに見えるのだろうが・・・、ちょっと残念。

それでも 戦のために建てられたお城を 後世の私たちが桜を愛でながら見ていられるということはありがたいことだ。

100_1843

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みんな同じだね、きっと。

100_1788 「そんな顔してにらんでないで 言いたいことがあったら 言いなさい!」

子供の頃の母とのやり取りを思い出した。

友達のMちゃんの家は 母子家庭で 母親は旅館で住み込みの仲居さんとして 働いていた。

その日 いつものように「バイバイ!」を言おうとした時 Mちゃんがあまりにも寂しそうだったので つい言いそびれた。

Mちゃんが いつもひとりで遊んでいる旅館のロビーで その頃は まだ 珍しかったカラーテレビで「ひょっこりひょうたん島」を見終わるまで 一緒に居てしまった。

帰ったら 怒られるだろうと覚悟していたのだが 心配から安心へ そして怒りへ変わった母をいつもの穏やかさに戻すだけの言葉は 当時の私には持ち合わせていなかった。

「ごめんなさい。」しか言えず 立ち尽くす私に

「もういいから ご飯を食べなさい。」と ため息まじりに母は言った。

その日 大好きなカレーだったにもかかわらず さまざまな感情が胸を一杯にし ご飯など食べられる状態ではなかった。

しかし 食べなければ 母の機嫌をさらにそこなうだろうと思い むりやり口にほおりこんだ。

子供の頃 親は絶対的な存在であった。

その親から言われる言葉で 深く傷つき 自己否定の感情を強く持つことになる。

しかし 今では その親達も不完全な存在であり 時には子供にさえ甘えて 自分でも思いもよらない言葉を言い放つこともあるのだ ということを理解出来るようになった。トラウマとして引きずることは ばかばかしいことだと。

そして こう思う。

「いつでも 愛されていた。そして 今でも深く愛されている。」

 

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