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わらしべ長者

100_1158 先日の日曜日、花の手入れをしていると、近所の奥さんが話し掛けてくれた。

「その花は、なんていうの?」

指差したのは、エンゼルス・トランペットという下向きにトランペットのような形をした大きな花が咲く多年草だった。

花の説明をしていると、どこで手に入れたのか尋ねられたので、「良かったら、もらって下さい。うちも頂いた物で、増やしたのはいいけれど、越冬させるのにもう場所もないし・・・・。」

ということで、最初は遠慮していた奥さんも快くもらってくれ、大きな植物なので配達もしてきた・・・(^^)

次の日、その奥さんが野菜をいっぱい抱えて持って来てくれた。きのうのお礼だと言う。「うちも、もらいものなので、おすそ分け・・。」あんまり固辞するのも、かえって悪いと思いありがたく頂いた・・・。玉ねぎや、つやつやに光ったナスなどが入っていた。

こういうときに思い出すのは、わらしべ長者の話で、持っていたわらしべを欲しいと言う人に快く渡したら代わりの物をもらい、次々にいろんなものに変わり、最終的に長者になってしまったという話だ。

長者になったことが、うらやましいということではなく、自分が所有しているものを惜しみなく手放すと、相手の笑顔や幸せの波動を受けられて、そうする度ごとに自分自身が暖かな気持ちになり、相手以上の喜びを覚えるということだ。

たぶん、そういうものが次第にその人を変えて行き、誰から見ても魅力的な人に成長していったのではないかと思う。

手放したものより価値のあるものを手にすると言うのは、そういうことを言っているのではないかな・・・と、今の年になって理解できるようになった。ちょっと、遅すぎるかもしれないが・・・・。

人間性というのは、ちょっとしたことで表に現れる。

「すべては、お見通しだー!」ということなんだろう・・・・。(^^)

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