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日本沈没を見た・・・・・。

100_1262_2本当は、「ゲド戦記」を見たかったのだけど、夏休みに入って子供たちが一杯だったので、譲ることにした。(*^_^*)

どんどん、気持ちが入り込んでしまって、映画の間中(今の地球の上に住まわせてもらって居る私に何が出来るのか!)をずーっと考えていた。

終わったら、はっきり泣き顔とわかるくらいに泣いたので、劇場を出るのがちょっと恥ずかしかったくらいだ。

わたしに、今出来ること。

生きること。ただ、命を賛美しながら生きること。

祈ること。ただ、ひたすらに感謝して祈ること。

何も出来ない自分が居る。でも、それで十分なのかもしれないとも思う。

映画を見た人たちが、少しでも何かを考えたら、世界が輝きを増す!(*^_^*)

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純情きらり

朝、仕事を始める前にNHKの「純情きらり」を見ている。

主人公桜子と、笛子・杏子の姉妹がお互いに交わす、相手に対する繊細な心遣いに朝から涙することが多い。また、冬吾さんの短い言葉の中にあらわされる優しさに、癒されても居る。

人は、逆境の中に身を置くと、限りなく優しさに近づけるのではないか。

他の人への思いやりの心は、平坦の道を歩くことからは、なかなか生まれそうに無い。

その時には気が付かないが、何年か経ったあと、「あー、あの時の試練はこのためにあったのだ!」と思える日が来ることも多い。

年を重ねるごとに、経験の重みを知る。

年を取ると言うのも、まんざら捨てたもんでもない。

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コミュニケーション

Photo 4年越しのエンゼルストランペットが、今年はぐんぐん成長し2mを超える大きさになり、道行く人の目を楽しませているようだ。

一瞬、目をみはり、飽きずに眺めていく人が多い。

最近は、花の手入れをしていると、話しかけてくれる人が多くなってきた。

ほとんどの方が、エンゼルストランペットを植えており、「どうして、うちのは花が咲かないんでしょう・・・?」とか、「どうしたら、こんな風に大きく出来るの?」とか、「どこで苗を買ったらいいの?」とか、わたしは園芸評論家になったような気分にさせられる(*^_^*)

それで、つい、枝を切り分けて、挿し木にするよう勧めることになる。近所に増えたら、それもまたうれしい。

その度に、自分の経験から覚えたことを同じように繰り返し話をし、同じように「帰ってさっそくやってみます!」という返事をもらう。その笑顔に、毎回わたしは癒されている・・・。

花に癒され、花を愛でる人たちに癒され、幸せを味わう。

幸せは、いつも一緒に居て私を包んでいる。

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きれいな薔薇にはトゲがある。

100_1252 ついつい、自分の内面にある弱さや、短所、とにもかくにも、いやーな部分を見つけては、はぁ~・・・( ´o` )と溜息をついてしまう自分が居る。

最近読んだ本の中に書かれていた言葉に、ハッとした。

「薔薇は、自分のトゲを恥じることがあるだろうか。」

薔薇は、自分の全てを受け入れ、ただ咲いているのだ・・・、だ・か・ら、美しいのである。

そういうことなんだろうね・・・。

自分の良いところ悪いところ全てを受け入れ、認めたうえで、良いところを誇りに思い、悪いところはちょっと目をつぶって、自分を恥じないで生きていこう!

自己卑下を続けている人のそばには居たくないものね・・・。良いとこも悪いとこもひっくるめて、自分!

薔薇は、きれいな花もトゲもあって薔薇!(*^_^*)

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梅雨明けが待ち遠しい

100_1238 例年のことになってしまいつつあるが、異常気象がもたらす災害は、ますます悪化の傾向がある。

過去にも、大雨の被害は出ているが、これほどまで広い範囲でひどい状態になったことは、あったのだろうか?しかも、まだ、雨が続くという・・・。

台風の時期を迎えて、これから先のことを考えると、深いため息が出てしまう。

台風による大きな被害をこうむったアメリカは、温暖化防止の必要性を一番考えなければいけない国ではないのか?何が重要って、権力でもなければ金でもない、安心して暮せる豊かな地球ではないのか!?

自分たちの子孫のことを、どう思っているんだろう・・・?

これほどまで急激な環境の変化に耐えられずに、消えていく動植物が年々増えている。おごり高ぶった人間たちに残された時間をどう使うのか。試されて居る気がしてならない。

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あなたの環境を考える一助に

「世界がもしも100人の村であったら」

この本を読んでいる人も、そうでない人も、是非こちらへアクセスしてみて下さい。

あらためて、自分のおかれている環境を思う良いチャンスだと思います。

その動画版です。

http://www.oasisjapan.org/100nin.html

あなたが持つ優しさに、ふれることが出来たら幸いです。

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仲間を発見!

100_1160 2~3日前の話だけれど、雨の中、近くのスーパーへ買い物に出かけた。

歩きなのに、なんでこんなに重いものを買ってしまったんだろう・・?と、反省しながら出口を出ると、営業風の若いおにいさん(20代前半のスーツ姿)が、ベンチに腰掛て居た。

右手を上げ、手の指をひらひら動かしているのが目に止まり、つい、青年の目の先を追った。すると、そこには4~5歳の男の子が居て、にこりともせず青年を見ていた。

雨なので、その子の母親はたぶん荷物を先に車に入れに行ったのであろう・・・。その間、「ここで待っていなさい。すぐに来るから、どこへも行ってはだめよ。」そう言って、その子をそこに待たせたのではないだろうか・・・。

それを、その青年は見ていて、その子供が危なくないように、不安な思いをさせないように、見守るつもりで笑顔で指をひらひらさせ遊ぼうとしていたのではないか・・・?

私の視線を感じた青年は、ばつが悪そうに顔をこわばらせ下を向いてしまった。そして、まもなく、母親がその子供を迎えに来た。

ほんの1分ほどの出来事であったと思うが、その青年と子供の間のやり取りに、とてもほほえましいものを感じた。青年にとっては、幼い子供に向ける笑顔が自分自身の癒しになったのではないか・・・。

一人の子供を見つけたとき、つい、見守りたくなる私にとって、その青年はその時、確かに仲間であった。

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イマジン!

英国国教会系の小学校が故ジョン・レノンさんの代表曲「イマジン」を「反宗教的」との理由で児童が歌うことを禁止し、保護者らが反発している。

20日付の英紙デーリー・エクスプレスが伝えた。

同紙などによると、英南西部エクセターのセント・レナーズ小学校の児童は学期末のコンサートに向け練習を重ねていた。しかし学校側は「イマジン」の「宗教がない世界を想像してごらん」という歌詞について、国教会にふさわしくないと判断、別の曲に急きょ差し替えた。

この、YAHOOの記事を読んで、なんとまーーーーーーーーー(・0・)!とあいた口がふさがらなかった・・・。

一体、世界はどこへ行こうとしているんだ?

「平和」という意味の言葉がない地域が、アフリカにあると新聞記事で読んだことがある。

平和でない状態がないので、わざわざ「平和」という言葉を作る必要が無いのだそうだ・・・。なんて、すばらしい世界なんだろう!!

平和の世界を全ての人がイメージ出来る様になったら、一瞬のうちに平和な状態は創ることが可能なのに・・・。

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やってしまった・・・・・。

100_1195_1 雨は嫌いではない。

どちらかというと、雨音で癒されぐっすり眠れる雨の日は、ムッとしている曇りの日に比べたら、断然好きだ・・・・。

しかし・・・・。

明らかに自分のミスで相手先に迷惑をかけてしまったり、言い訳も出来ないくらいの失敗をしてしまった日の雨は、ど~~~~~~ん!と落ち込みを更に助長させてくれる。

お前は一体、何を考えているんだ!?

そこから、脱出するためには、一回どん底まで落ちるしかなさそうだ・・・。うーん、底は、まだまだ遠そうで、真っ暗闇しか見えない。(~~;

底まで行ったら、思いっきり蹴り上げて浮かんでこよう・・・・・・。

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子供の瞳

100_1193 スーパーのレジに並んで順番を待っていると、前に並んでいる若い母親が連れている1歳ぐらいの男の子が、ふんふん甘えて泣いている。

並んでいる時間、暇であったし、何よりもその子の瞳を覗きたくなって、そのお母さんの陰から「ばぁーーーー。」をしてみた。もちろん、大きな声を出すと遊べない可能性が高いので、口真似だけだが・・・。

すると、今までぐずぐず言ってた子がピタッと泣きやみ、不思議な生き物を見つけたように、じーっと私を見ている・・・。「にっ!(^^)v」としたのだが、やはり未確認生物を見るかのように、じーっと瞬きもせず見つめていただいた。

子供のまっすぐな瞳は、それだけでも浄化されるようなもので、思わず笑顔にならずには居られない。

レジを済ませて、カートをかたずけようとしたら、今度は小学校2年生くらいの男の子が、ニコニコ笑いながら、通せんぼをして遊んでくれた・・・。

どうも、さっきの子との遊びを見ていたようだ。

このおばちゃんだったら、遊んでやってもいい!と思ってくれたのだろうか・・・。

いっぱいの愛をもらって、毎日を過ごしている。

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ウルトラマン 「シュワッ!」

今年は、ウルトラマン生誕40周年なのだそうな・・・。

それで、ウルトラマンシリーズに出てくる怪獣の中で一番好きな怪獣は?と調べた結果がネットに出ていた。

「バルタン星人」だったそうだ・・・・。

わたしは、「ピグモン」も好きだったし、「カネゴン」のキャラクターもおもしろかったなーと昔に思いをめぐらすと、子供の頃の居間の情景が浮かんできた。

あの番組は、日曜日の夕方放送されていたような気がするのだが、兄と妹と3人でTVの前で、じっと見入っていると、「目が悪くなるから、もっと離れなさい。」と、いつも母に言われてたな・・・・。一旦は離れるけど、いつのまにか近づいていたっけ・・・。

兄弟3人が、そろって座ったのはいつが最後だったのだろう・・・?それぞれが家庭を持ち、生活があり、見るものも違ってくる。

しかし、願わくば次にそろう場が楽しい場でありますようにと祈る気持ちは一緒だと思いたい。

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前へ・・・・・。

100_1177 ココログのメンテナンスで、丸二日ほどブログを書けない日が続いたので、思わぬ休暇をもらったような変な気分だった・・・・。

窓から見える景色に、4~5日前からツル性の植物(たぶん、「藪枯らし」というのだと思うけど、定かではない・・・。)が加わった。

現在は、真横に伸びているが、最初気付いた時は真上に向かって伸びていた!

その姿は、まさに感動もので、何も支えがない状態でまっすぐに伸びているのは、何かの意志が働いているとしか思えない、神々しささえ感じるものだ。

全ての命に共通していて、気付かない場合も多いが明らかに存在している力。

その力を見せられた気がした。

自分は弱いと、逃げている場合ではない。そのようには、決して創られていない。

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小さな魂の話

100_1154_3 昔々、小さな魂は、(今度地上に降りた時には何を学ぼうかな・・・。)と考えた。

そうだ!「許すこと」を学ぼう!

それで、周りを見渡して、許すことを学べそうな魂を探した・・・。

しかし、小さな魂よりもみんな立派な魂だったので、許しを与えるようなことを、するような魂ではなかった・・・。

「はぁ・・・、だめだ・・・。みんな、すごい魂ばっかりだ・・・。」はぁ~・・・( ´o` )ため息を付いて沈んでいると、ある大きな魂が声を掛けてくれた。

沈んでいる訳を説明すると、こう言った。

「わかった、私も地上に行って、あなたの経験に参加しよう!良い時に私が出来る精一杯のことをしよう!あなたが、もがき苦しむほどの、考えられるかぎりのことをしてあげよう・・・。けれども、約束して欲しい。最後には、必ず思い出すんだよ・・・。わたしがあなたのことをこれほど愛しているんだということを・・・。」

この物語を読んだ時に、失意の底で苦しんでいたわたしは、感謝の念で一杯になった。子供だましの物語だと思う方もいるかもしれないが、私にも、経験することを同意してくれた魂が確かに居ることを知った。

すべては、経験することで始まる。

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ディマクコンダ(愛してる)

青年海外協力隊員で、マラウィ共和国に行って、その国の現状を何とかしようと現地の人の協力を得て曲を作り、なんとそれが、その国のヒットチャートで1位になった若者が居るという話をTVで知った。
山田耕平というその青年は、
「この曲はHIV/エイズ予防のために、ボランティアによって作られたもの。多くの人たちに無料で視聴してもらう機会もつくっていきたい。」と、言っていた。
すでに期限が来て日本に帰っているそうだが、8月に日本でもその曲がリリースされるらしい。
曲名は「ディマクコンダ(愛してる)」
愛し合った若いカップルが、結婚前にHIVの感染検査を受けに行く・・・。しかし、男性の方の結果は陽性。なくなく、彼女に別れを告げるが、彼女は彼を受け入れる・・・・。というストーリーだ。

国民の約15%、約90万人が感染していて、年間約9万人近くが亡くなっているマラウイの現実がある。
軽快なリズムに乗ったその歌は、子供たちにも笑顔で受け入れられ、「コーヘイ」は、人気者になっている・・。そして、売り上げは、HIVの啓発活動や検査費用などに当てられているそうだ・・・・。
動機が愛であったから、みんなの心に響いたのだろう・・・。地球の未来が輝きだしたような気分になるのは、私だけではないはず。

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師と呼べる人

100_1161_1

人は、誰しも、師と呼べる人を一生のうちに捜し当てることが出来るのだろうか・・・。

パートナーが、もしもそうであったら、かえって生きにくいのだろうな・・・。「夫ではなく、常に上司でした・・・。」と言って、離婚した人も最近居たようだし・・・。

出来ることであれば、パートナーそれぞれに師と仰ぐ人が見つかり、紹介し合えて、広がっていくのが理想だな・・・。

師と呼びたい人が、「呼ばれたくない。」という可能性もある訳だし・・・。いや、そんな人は師には選ばないか・・・、ふ~~~~む・・・…...。

自分の世界のはるか先を歩いてはいるが、時々振り返ってくれたり、時には、天上から進む方向を指差してくれたり、黙って見守ってくれたり・・・・。

雨が続くと、ついつい自分の内なる世界に入り込む。

雨雲の上に常に存在している青空に、思いを馳せよう!

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わらしべ長者

100_1158 先日の日曜日、花の手入れをしていると、近所の奥さんが話し掛けてくれた。

「その花は、なんていうの?」

指差したのは、エンゼルス・トランペットという下向きにトランペットのような形をした大きな花が咲く多年草だった。

花の説明をしていると、どこで手に入れたのか尋ねられたので、「良かったら、もらって下さい。うちも頂いた物で、増やしたのはいいけれど、越冬させるのにもう場所もないし・・・・。」

ということで、最初は遠慮していた奥さんも快くもらってくれ、大きな植物なので配達もしてきた・・・(^^)

次の日、その奥さんが野菜をいっぱい抱えて持って来てくれた。きのうのお礼だと言う。「うちも、もらいものなので、おすそ分け・・。」あんまり固辞するのも、かえって悪いと思いありがたく頂いた・・・。玉ねぎや、つやつやに光ったナスなどが入っていた。

こういうときに思い出すのは、わらしべ長者の話で、持っていたわらしべを欲しいと言う人に快く渡したら代わりの物をもらい、次々にいろんなものに変わり、最終的に長者になってしまったという話だ。

長者になったことが、うらやましいということではなく、自分が所有しているものを惜しみなく手放すと、相手の笑顔や幸せの波動を受けられて、そうする度ごとに自分自身が暖かな気持ちになり、相手以上の喜びを覚えるということだ。

たぶん、そういうものが次第にその人を変えて行き、誰から見ても魅力的な人に成長していったのではないかと思う。

手放したものより価値のあるものを手にすると言うのは、そういうことを言っているのではないかな・・・と、今の年になって理解できるようになった。ちょっと、遅すぎるかもしれないが・・・・。

人間性というのは、ちょっとしたことで表に現れる。

「すべては、お見通しだー!」ということなんだろう・・・・。(^^)

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親切と余計なお世話の境目は?

「いいところ見つけた。」主人が思いっきりの笑顔で言った。

福井まで足を運ばなくても、近くに良いお蕎麦屋さんがあるのであれば、ちょっとした時間で楽しめる・・・。

昨日は、そのお蕎麦屋さんへ行ってみよう!ということになり、出かけたのだった。

座った場所が、悪かったのかもしれない・・・。カウンターに座ったのだ。期待にたがわずおいしいし、店の雰囲気も良い感じで機嫌よく食べていたら・・・・。

「あー、だめだめ奥さん、そんな風に食べちゃ!わさびはつゆに入れたらだめ。お蕎麦の上に乗せて食べなきゃ・・・。」店の主人に思いっきり注意された・・・。

それも、口に入れてすすり始めたところで言われたので、むせそうになった。

確かに、そのほうがわさびもきくし、つゆも汚れず、通の食べ方なのかもしれない・・・・。でも、言うタイミングもあるだろうし、言い方もあるだろうに・・・と、楽しい気分がどこかに飛んでいってしまった・・・・。

好きに食べさせてよ・・・・。いくら修行を積んでお蕎麦に限りない愛情を寄せているかもしれないけど、そりゃないよ・・・・。

それでも、ご主人のお蕎麦話は聞き、そのとおりに食べさせていただいたし、笑顔でお金を払い普通に店を出た(つもりだ・・・・。)

その後、どう考えてもあの店にはもう行かないだろうな・・・と考えていた。自分のお蕎麦にいくら自信があっても、他のお蕎麦屋さんにケチをつけるようなところには、行かないぞー!気に入って食べに行っている店のことを、「あの蕎麦はだめ。」なんて言い方して・・・。

一晩経って、思った。

たぶん、あのご主人も不安でいっぱいなんだろうな・・・・。50歳過ぎて、お蕎麦の修行をし、奥さんと2人で新しいことを始めたのであれば、店が軌道に乗って生活の心配をさほどしなくてもいいようになったら、少しは気持ちの余裕が出来て、お客さんに対する対応も変わってくるんだろうな・・・・。

一生懸命さが、あの言葉に出てしまったんだろうな・・・・。

そう思ったら、みんながんばっているんだな・・・という気分になってきた。みんな、まだ途中なんだ・・・。試行錯誤して旅を続けている途中なんだ・・・。何年かして、あの店が続いていたら行ってみてもいいかな・・・・という気がしてきた。

自分の言動も気をつけよう!知らず知らずに同じようなことをしているかもしれない。だからそれを、私に教えるために起こった出来事なのかも・・・・。

また、勉強をしてしまった・・・・。(^^)v

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歩いて30歩で、校庭に

中学の校庭は、ほとんど自分の庭状態だった・・・・。

中学の敷地から、歩いて30歩で家に着いた。正門や裏門は、ぐるーっと回らなければ行けないが、2年生の終わりまでは校庭にも出入り口があり、家を出てダッシュしたら2分ほどで教室の自分の席に着いていた・・・。

雨が続くと、生徒の出入りで校庭がぐちゃぐちゃになってしまうという理由で、校庭側の出入り口をふさがれてからは、遠回りして登下校しなければならなくなり、かなり凹んだ記憶がある。

2つ違いの兄は、何か事あるごとに「マイクで言うぞー!」と先生に脅されていたようだ。校内放送や朝礼の様子など、家にいれば学校生活を送っているかのように聞こえたから・・・・。学校を休んだ日などは、チャイムの音がよく聞こえるので、今3時間目だな・・・・などと、熱にうなされながらも考えていた。

多感な中学生時代は、何故かわからないがごっそり記憶が抜け落ちている時期がある。忘れたいことだらけだったのかもしれない。みんなもそういうものなのだろうか・・・・。

誰も居ないお正月の校庭や、中秋の名月の頃の夜の校庭。

生徒の居ない校庭は、何故かココロがなごんで好きだった・・・・。自分自身に意識が向かい始めていたからかもしれない。静かな時を好むようになっていた。大人の階段は、簡単に登れなかった・・・。

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