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怒れるということ

里帰りをして来た。行く前は、親が話すことに対して何でもフンフンとちゃんと聞こうと考え、その余裕もあると思っている。

しかし、毎回その決心はもろくも崩れ、昔々から何度も聞いた話やら、聞きたくも無い話の嵐に合うと、「その話は何度も聞いたよ!」とか、「テレビの音が聞こえない・・・。」だとか、言ってしまう。

正月に帰った時より元気になっていた母親に対しては、安心して口答えまでしてしまうし、「もう、うるさいなー。」等と言っている自分に対して、うんざりして情けなくなってしまった。

たぶん、親がもっと年をとり、自由に動けなくなり、介護が必要になったり寝たきりになったときには、することや言うことに対して、面と向かって怒ったりは出来ないだろう・・・・・。そういうことが出来るというのは、まだ、親に対して甘えの気持ちを持っていたり、それを許せる力のある親であることをわかっているからなんだろうな・・・・と、年は取ってはいるが、夫婦ふたりで力を合わせて生活している両親をありがたく思った。

言いたいことを言える親に対して、気を使って話さなければならなく日がいずれは来るが、(まぁ、何度かは入院をしてその度に限りなく優しく接したことはあるけれど)もう少し、口ごたえが出来るぐらい元気で居て欲しいと願わずにはいられない。

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コメント

親がいなくなってから身近に感じるのは 肉体ではない親を感じるからだと思うのよ。つまりは生きている親を肉眼の目で見てしまうからかな。。。
 生きていても存在自体を見つめる事ができるように 修行させてくれているのよねぇ。。。
 でも生きているときに 説明の出来ない愛情を感じられることは 素晴らしい事です!例えどんな言葉を渡したとしても それが分っていてくれているし(^^)

投稿: baccootapho | 2006年5月15日 (月) 22時41分

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