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視点

もう10年以上も前の話だけど、血圧が急に上がってしまい、近くのお医者さんに診てもらうことにした。

「君は、太陽が東から昇ると思ってはいないか!?」

(え?西から登ったら、それこそバカボンのパパになっちゃうのに・・・、どういうことなんだろう???)頭の中が???マークで一杯になり、なんと答えようか考えていると。

「太陽が地球を回っているんじゃない、地球が太陽の周りを回っているんだよ。」と、勝ち誇ったように言われてしまった・・・・。

血圧が上がるような人は、常識にとらわれすぎて、広い視野で物事を見ることが出来ない。真面目ではあるが、応用も想像力も欠けてる・・・・うんぬん・・・・。

というような、お話を30分近くしていただいた・・・・・。たぶん、その日は患者さんがたまたま少なかったせいだろうが・・・。

地球は、24時間で1回自転をし、尚且つ、太陽の周りを公転している。なーんてことは、小学校で習っているし、頭では理解しているが、感覚的にはまったく理解の域を超えている。時速何百キロかで、みんな動いているなんてこと、納得出来ない。

大気が一緒に動いているから、感じないのであって、宇宙側から見たら、とんでもない速さで動いているのだと、そんなふうにいつも考えて生活している人って、どれぐらいいるのかな・・・・・?

毎日の生活で精一杯で、はるか宇宙に思いをはせたり、自分が銀河系宇宙人であることを考えるゆとりもないけれど、たまには、スバル望遠鏡の画像を見ながら、ゆったりとした気分で一日を終えたいものだ。

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サムライ ブルー!

サッカーのW杯がいよいよ迫ってきた!

ものすごいファンと言うのでもないが、Jリーグが出来た頃から大きな試合は見るようになっていて、今回の日本代表がまだ少年ぽい頃から試合で見ているので、やっぱり気になるし、がんばって欲しい。

ドイツの球技場で応援したら、みんなの気持ちが一体となって気持ちいいだろうなー・・・・。

サムライ ブルーって、誰が名づけたのか知らないけど、いい響きでなんとなく好きだな・・・・・・。もちろん、精神的な部分も強くあらわされているんだよね!?

サッカーという球技は、あんまりきれいな試合とは言えない部分が多々あるけれど、サムライ達には、きれいな試合をしてもらいたいなー・・・。そんなことを言ってたら、勝てる試合も勝てないかな・・・・?でも、かっこいいのは、きれいな試合で勝つ事じゃないかな・・・・。

ともかく、楽しませていただこうっと!

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本物

うちの店に絵が飾ってある。

主人が、4~5年前に平山郁夫美術館で魅せられた絵なんだが、もちろん本物ではない。主人の話によると、その絵を見た瞬間に、その中近東あたりの住人である翁が、実際の人物があたかもそこに存在するかのように、ぐぐっと迫ってきたそうだ。

その時の圧倒的な存在感に感動して、つい、そのコピーを買ってきてしまった・・・・。と言っていた。普段、絵に対してそれほど関心があるように思えなかったので、意外な一面にびっくりしたのだが・・・・。

「でも、やっぱり本物とは全然違うなー・・・・。」と、ぼそっとつぶやいた。

あまりにも、その絵に感動したので、わたしに「どうだ!すごいだろう・・・?」と見せたかったらしいのに、本物との違いにがっかりしたらしい。

本物の絵の翁は、自分を包み込んでくれるような、全てを理解してなお許してくれているような、大きな愛情を感じたのだそうだ。その後、平山郁夫さんの絵画展が近くであったがあったが、その絵は飾られてなかった。

わたしも、一度本物を見たいなーと思っている。

本物を知らないで、好きだの嫌いだの言ってしまうことが往々にしてあるが、やはり、本物を知る前は、下手なことを言うべきではないなとあらためて反省した。何事も、自分が実際に見たり感じたりすることが、感動を呼ぶんだものね。人に何万回聞いても、それには及ばない。

経験と感動こそが、人生の醍醐味なんだそうだ。

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22歳の別れ♪

歌のタイトルを見ただけで、高校生にタイムスリップしてしまう。

かぐや姫が大好きで、LPも少ないお小遣いをやりくりして買ったし、ギターもアルバイトで買って、好きな曲をコピーしてたな・・・・。中でも、「22歳の別れ」を歌う時の正やんの声が好きだったし、ともかく、多感な青春時代真っ最中の私には、なんだか大人の世界を垣間見るような歌詞にどきどきしてたし、ほんとうにココロに染みる歌だった!

それが、映画になるんだって!?

どうも、なんだか、入ってきて欲しくない大切な場所に土足でドカドカと入ってきて、散々踏みにじって、やっと出掛かった小さな芽も見えているのに踏まれてしまう!という気がしてならない・・・。

それは、思い過ごしなんだろうか・・・?

たぶん、製作者側も私と似たような年代で、思い入れがいっぱいあり、決して、私のような思いを持った多くの昔の少女のココロを裏切るようなことはしないよね・・・・。

映画が出来上がるのを楽しみに待っておこう!ひょっとしたら、あの歌の世界をいいナーと思う若い世代がいっぱいいるかもしれないものね。その人たちにとっては、将来宝物になるかもしれない・・・。

ココロの宝物はいっぱいあっても、決して重くはならないからねー。

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カタツムリ

でんでん虫と、子供の頃は言っていた気がする。居間の窓から、隣との堺のブロック塀が見え、冬には雪が積もり、春には猫が日向ぼっこをし、そして、2日前には(何だろう!?)と思ったら、直径3.5~4cmもあるかと思われる模様のある石がへばりついていた!

「あれ、何かな・・・?」と言う私に、主人が「カタツムリやんか。乾燥してるから動けへんのやろ・・。」

今日は雨で、(天気予報は、すばらしい確率でドンピシャリを当てている!)夕方見たら、すでに姿が無かった・・・・。いつの間にか居心地のいい場所に移動したらしい・・・・。

最近、カタツムリが動くのをじっと見るようなチャンスも無かった・・・。ひょっとしたら、朝早い時間に動いてしまっていたのかもしれないけど、カタツムリがムニューと動くのを見たかったなーと残念に思ったのは、毎日が早く過ぎてしまうからかもしれない・・・。

1年は、だんだん早く経ってしまう。経過年数が増えると早くなるのは仕方がないのかな・・・。1/10年と1/40年との違いかな・・・。いや、楽しいから早く過ぎるんだよね、きっと!そういうことにしておこう・・・・・・。

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大黒様

何年も前になるけど、大黒様(だいこくさま)の夢を見た。大黒天と言うのが正しいのかもしれないけど・・・。洞窟のような場所で、金色にきらきら輝きを放っている大黒様(大きさは40~50cmぐらい)が、私に話しかけた。

「お前は、お金が欲しいか?」その声は限りなく優しく、慈愛に満ちた声だった。

その時、頭の中を駆け巡ったのが、(こういう場合、なんといったら良いのだろう・・?確かに欲しいけれど、欲が深いと言われないかな・・?あー、どうしよう!?)情けないことに、即答は出来なかった。

すると、大黒様は、ヨシヨシと言う風に笑って消えてしまった!

ひょっとしたらと思い、いつもはどうせ駄目だろうと買わなかった宝くじを買いに行って、(ちょうど、ドリームジャンボの時だったのだ!)毎日、どきどきしながら待った。結果は、やっぱり外れていた・・・・・・・。やっぱりなーと思うから駄目なのかもしれないけど。

このときに思ったのは、夢でお金が欲しいかと聞かれた時に、自分の為あるいは家族の為に使おうと思ったから、返事を躊躇してしまったが、お金がもらえたら、世の中のためにお役に立てていただこう!という気持ちが常にあったら、喜んで「はい、下さい!」と言えたに違いないということだった・・・・・。

今度、出てきたら絶対にそうしようとココロに決めているのだが、それ以降お姿を拝見することはない。

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幼い頃

必要があって、自分の生まれた時や幼い頃のことを調べることになった。しかし、母に聞いても「どうだったかね・・・・?」という返事か、あるいは、兄や妹の話を次々に話し始めるので、結局たいした収穫は得られなかった。

それでも、その過程で忘れていたことを次々に思い出し、幼い頃の自分がよみがえってきた瞬間があった。やはり、幼い頃なので、母親と一緒に居る場面が多かったのだが・・・・。

「ほら、見てごらん、きれいだねー・・・。」母は、そうやって子供に話しかけることが多かったような気がする。一緒に道を歩いている時は、必ず、「ほら、見てごらん、きれいだねー。」か「ほら、見てごらん、かわいいねー。」と促されていた気がする。

母が指差した先にあるのは、一面のレンゲ畑であったり、道端に咲くタンポポであったり、夕焼けにそまった空であったりした。そして、それに興味を持った私がじっと見ていると、その時ばかりは「早くしなさい!」も言わず、一緒に納得が行くまで見ていてくれたというふうに、記憶している。

そして、そういうときには必ずと言って良いほど、童謡を歌って教えてくれた。ひょっとしたら、その時の流行の歌謡曲もあったかもしれない。ともかく、歌は生活の中にいつもあり、もしかしたら、母は歌手になりたかったのかもしれない。そんな話を聞いたような気もする。

わたしは、一人の時間が大好きだった。誰にも邪魔されない時間と空間の中で遊ぶ子供だった。兄と妹が一緒に仲良く遊んでいるのを、うらやましいと思っていたのか、それも記憶にないが、ともかく静かな時間を過ごしていた。その一方で、お転婆で活発だと学校の通信簿に書かれていたこともあり、ON・OFFがはっきりしてたのかな・・?と今になると思う。

自分が本当の自分であることを確認するためには、幼い頃に戻って自問するのがいいのかもしれない。体を病んでしまいそうな時には、(ほんとうにそれでいいの!?)と、自分の生活を見直してみるのも一つの方法かもしれない。好きでもない事を無理やりやる必要が無く、他の道もあるんだったら「好きか、嫌いか。」で判断することも、時には良い結果を生むのではないか、そんな気がする。

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多数決

4~5年以上前だったと記憶している。日本TV系列で放送していた番組で、視聴者の投稿する物語をアニメ化していたものがあった。その中で、一番ココロに響き、今でも忘れられないものがある。

その物語は、神様のこういう一言で始まる。

「この地球に住んでいる者たちの望みを一つだけ叶えよう。3日猶予を与えるので、その間に良く話し合って決めなさい。最終的決まらない場合は、多数決を取りなさい。」

それから、人間たちはいろんなことを考え始めたが、人種であるとか、国家であるとか、常に自分たちの都合のいいことばかりを考えるため、なかなか意見がまとまらない。そして、ついに約束の日が来た。

「決まったかな?」神様が言うと、こう答えた。「いいえ、神様。一つのことを決めると、それに反対する意見が必ず出て結局まとまりませんでした。一つだけというのは、後々問題にもなりかねません。今回は、叶えていただくことをあきらめます。」

すると、神様がこう言った。

「いいや、望むことは多数決で決まっておる。地球に住んでいる者たちは、総じてこういう意見だった。『人間をこの地球から追い出してください。』だから、その意見を叶えることにする。」

地球上に一番多く住むものは、虫の種類であった。地中深くにも、数え切れない虫が住んでおり、そのほとんどが望むことは人間を追放することだったのだ!それなのに、人間は地球を我が物顔に利用することだけしか考えて居なかった。人間だけが地球を好きなように出来ると思い込んでいる。そして、破壊を続けてきた。

この物語を見たときに、正直(なるほどねー・・・・。)と、感嘆してしまった。人間は確かに愚かだけれど、賢くもある。この物語のような結果には決してしたくない。

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博士の愛した数式

読み始めたら、面白くて一気に読んでしまった。中に出てくる数字や数式についての新たな知識にふれることや、過去に習って忘れていたことを思い出したりする面白さもあったが、わたしが一番惹かれたのは、直線についての部分だった。

記憶が80分しかもたないという博士が、物語の語り部である家政婦に「直線を書いてみなさい。」と言い、広告の裏に菜ばしをなぞって直線を書くと、「これは、線分にすぎない。本当の直線とは、始点も終点もない。無限にどこまでも伸びていかなければいけないものだ。更に、鉛筆には太さがある。よってここの直線には面積がある。つまり、現実の紙に本物の直線を描くことは、不可能なのだ。」

私たちは、考えてみると便宜上の決まりと言うものの中で、暗黙の了解の上で暮している部分がいっぱいあるのではないだろうか・・・・。そして、それらが正しいものであると信じ込み、そこから少しでも外れようものなら、「それは、間違いだ!」と、いかにも自分は常識人で正しき者であるかのように振舞ってしまう。

直線についてふれた部分を読んだ時、自分の中の驕った部分を突きつけられた気がした。真実というものは、感じるものであって、目に見えるものの中には存在することが難しいのだろう・・・。

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小さき勇者たち~

先日、ガメラを見た。

主役の子供を、フジTVの「Dr.コトー診療所」を見ていたときから好きだったので、主人が「ガメラ見に行こうか?」と誘ってくれた時に「うん、行こう!」と直ぐに答えた。その反応の速さに主人は、とても不思議そうな顔をして私を見た。(ゴジラなどの怪獣物に対しては、一緒に映画を見に行っても、私は途中で寝てしまうことがあったから・・・・・。)

前のガメラの印象があまりにも強くあったので、今回のガメラのかわいすぎには、ちょっとピンと来ない部分もあったけど、子供たちのけなげさに泣けた・・・。

内容はともかくとして、映画が始まる少し前に、私の隣の席に中学2年~高校1年といったぐらいの少年が座った。座る前に、私が隣の席であることを確認して安心したように感じられたので、なんとなくかわいらしさを感じた。

一人で見に来ているので、もしも、いかつい男性が座っていたら嫌だろうな・・・と、勝手に想像をしていたら、おもむろに売店から買ってきたホットドッグをかじり始めた。しっかり酸化してしまったような油の匂いに、(まいったなー・・・・。)と思ったが、それも楽しみにしてたんだろうと、あきらめることにした。しばらく経つと、大きな入れ物のポップコーンに変わり、十分匂いを満喫させてもらった。

そして、クライマックス。

見るとはなしにフッと横を見ると、その少年が、長袖のシャツでぐいっと涙を拭うのが見えた。それも、なんども繰り返ししている気配も感じられて、その少年の繊細さが垣間見れて、この国の将来も捨てたもんじゃないよ、きっと!という気分になった。

たぶん、それぐらいの年の子だったら、友達と一緒に見に来て、わいわい言いながら行き帰りも映画の話で楽しむことが多いだろうけど、一人で見に来ているというのは、そういう親しい友達がまだ居ないのかもしれない・・・・。繊細で優しい子は、なかなか自分を出せないから、いじめの対象にされたりするけど、大人になったらその繊細さが強さとなって、自分の本来持っている力が発揮出来るんだろうな・・・・。

「子供の頃は辛いかもしれないけど、がんばるんだよー!」と、声をかけたいぐらいだったが、おばさんは静かにしとこうと思い直した。外へ出ると、なにかしらの新しい出会いがあって、感情がいっぱい動くことが楽しいなーと思えるようになってきた。

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怒れるということ

里帰りをして来た。行く前は、親が話すことに対して何でもフンフンとちゃんと聞こうと考え、その余裕もあると思っている。

しかし、毎回その決心はもろくも崩れ、昔々から何度も聞いた話やら、聞きたくも無い話の嵐に合うと、「その話は何度も聞いたよ!」とか、「テレビの音が聞こえない・・・。」だとか、言ってしまう。

正月に帰った時より元気になっていた母親に対しては、安心して口答えまでしてしまうし、「もう、うるさいなー。」等と言っている自分に対して、うんざりして情けなくなってしまった。

たぶん、親がもっと年をとり、自由に動けなくなり、介護が必要になったり寝たきりになったときには、することや言うことに対して、面と向かって怒ったりは出来ないだろう・・・・・。そういうことが出来るというのは、まだ、親に対して甘えの気持ちを持っていたり、それを許せる力のある親であることをわかっているからなんだろうな・・・・と、年は取ってはいるが、夫婦ふたりで力を合わせて生活している両親をありがたく思った。

言いたいことを言える親に対して、気を使って話さなければならなく日がいずれは来るが、(まぁ、何度かは入院をしてその度に限りなく優しく接したことはあるけれど)もう少し、口ごたえが出来るぐらい元気で居て欲しいと願わずにはいられない。

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変化

昨日は、いつも行く郵便局とは違うところで振込みをした。自動機を見ると、振込みも出来ると書いてあるので、銀行のように口座番号を打ち込めばいいのかな・・・と思いやってみた。

すると、振込用紙に記入してそれを読み取るんだということに気が付いた。受付に行き、振込用紙が必要であることを言うと、「自動機だと40円安いですよ。」と教えてくれた。最初からその気でいたのだが、40円って微妙だな・・・と思いつつ自動機を使い始めた。

機械物に対する恐怖感や苦手意識は持っていないが、初めて操作する機械というのは、やはり緊張する。振込み用紙を入れようとしたが、大きさが合わなくて、しばし悩んだ。ふーむ・・・、顔を上げると目の前に、振込用紙の投入口があった!通帳を読み取る入り口に入れようとしても合わないわけだ・・・・・・。

苦笑しつつ、先に進むと自分の書いたものが画面に映し出され、まちがいがないかと聞いてくる。そのあとは問題なく終わったが、2000円を振り込むのに、郵便振込みだと60円で済むことがわかり、びっくり。銀行だと自動機では420円かかるのに・・・・・。

なんとなく、カルチャーショックを受けている自分のおばさん加減に、これから先のことを考えたら大変だなという思いにかられた。昔は10年ひと昔などと言ったが、今は2年ぐらいですごく変化している。頭の回転もにぶくなっているし、どうしたもんかと妹にメールすると、「大丈夫、近くにいる人に聞けばそれで済む。みんな、親切におしえてくれるよ。」という返事。

そうだよね、なんの心配もないさー。

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何故か落ち込む日

別にどうという理由もないのに、なんだか気分が乗らないというか、気が付くと、はぁー・・・・・というため息をついている自分に驚く日がある。

子供の頃、「生んでくれと言った覚えはない!」と、親に面と向かって言った記憶はないが(言っているかもしれないけど)何でこの家に生まれたんだろう・・・と思ったことはある。

最近読んだ本やスピリチュアルカウンセラーの方々によって、明らかになりつつあるのは、「子供は親を選んで生まれてくる」らしい。忘れているだけで、「どうぞ、生んでください!」と頼んでいるらしいのだ!それに、生まれる前にお互いの同意の上で、親子を決めてくる場合もあるらしい。

自分の学ぶ事柄を決めて、その学びが一番しやすい親を見つけてそこへ飛び込んでくるのだという。だから、(どうして、自分だけがこんな思いをしなければいけないんだろう・・・)と、自分の人生を呪っている人は、めちゃくちゃチャレンジャーで勇気のある魂を持っているということになる。

自分が組んだプログラムであるのに、それを忘れて苦しんでいることになるのだが、実際は、なるべくしてなっている、すべて順調に事は進んでいるということになる。

そうやって考えると、今現在の自分の有り様は、すべて自分で作り出したもので、誰の責任でもない。

何故か落ち込んでしまう日は、自分自身を楽しんでいない日なんだろうと思うようになった。外に楽しみを見つけたり、誰かに「何か、おもしろいことないかな・・・?」などと、聞いている場合ではなく、自分を楽しめばいいのだ!この地球に生まれて、愛されている自分を認めればいい。

でも、それがむずかしいよね。それが出来たら、悟りの境地に入れるんだろうな。でも、少しずつ近づくことは出来る気はする。

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黄沙

空が黄沙で曇ってしまって、山が見えなくなるくらいのひどい日や、その後雨が降って車が悲惨な状態になることが、今年は例年に比べて多いのには、参っています。季節が巡ってきれいに咲き出した花々までもが、黄沙に覆われて砂交じりのひどい状態になっているのを見ると、がっかりです。

外が良く見えるように、窓ガラスをきれいに拭いたのに、雨が降ったらまたひどい状態に・・・・・!!ということが、何回も繰り返され、もういい加減に終わりにしてーと思っていますが、もう風向きは変わって終わりを告げたんでしょうか?

中国の広い地域で砂漠化が進んで、年々ひどくなっているそうですが、これも地球温暖化の影響でしょうね。そして、快適な暮らしをさせてもらっている私達にもその責任の一端があると思うと、気持ちは複雑ですね・・・・。今の暮らしのレベルを昭和初期まで戻せと言われても、これだけ楽になった生活を手放すことは無理です。

無理!と言っているだけでは何の解決にもならないので、自分が出来る最低限のことだけはしようと思い、買い物には手提げ袋を持っていくとか、自転車で行ける距離は、出来るだけ車に乗らないとかそんな努力はしています。そういう小さなことでも、みんながしたらそれは大きなものになりますよね。

何か、特別なことをしよう!と自分に課したり、人に押し付けると続かないので、少しずつ、小さなことをこれからも見つけて、地球にもうしばらく置いてもらうことにします。

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金魚の子供

飼っている金魚が、3週間程前に卵を産みました。何年か前も孵化させて育てたことがあったのですが、今年も主人が何故かその気になって、卵を隔離し、2週間ほど前に孵化したものが、3百匹ぐらい水槽にいます。

体長はまだ1cmぐらいで、口を大きく開けても1mmぐらいにしかならず、普通の金魚の餌をすりつぶして、ぱらぱら撒いている状態ですが、その餌を一生懸命ほおばる金魚の子供を見ていると、命のけなげさというか、なんというか、ほんとうにいとおしさを感じます。

生きることに一生懸命な姿が感動を呼ぶのは、小さな生き物であっても、人間であってもそう変わらないような気がします。地球上に生かされているものであることには、間違いないですよね。

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不思議な出来事

私には、霊感もないし、幽霊を見たこともありません。でも、6~7年前にとっても不思議なことが起こりました。きょうは、その話です。

(BOOKOFFへ行かなきゃ!)その日は、何故かそう思いました。11時ごろ店に入ると、一冊の本が目に止まり、何故か(この本を買いに来たんだなー・・・。)と納得した覚えがあります。そして、その頃から東京に住んでいる妹と頻繁に本のやり取りをしているのですが、その妹にパソメールで「こういう本を買ったよー!」ということを知らせようと午後2時ごろにメールを開きました。

すると、妹からメールが来ていました。なんと!午前中に私が買った本と同じ本を妹が買ったので、その本は買わないようにという内容でした・・・・・・。それも、妹は11時半ごろにBOOKOFFへ行かなきゃ!と言う思いがして、行ったらその本が目に入ったと言うのです。

その時の驚きは、うまく表現できませんが、目に見えない世界で何かが働いたとしか思えませんでした。わたしか、妹か、ひょっとしたら両方が、何かの手段で思いを送りあったということなんじゃないか・・・。偶然の一致とはこれは言えない。うわー、すごいことを経験してしまったー!

その3日ほど後、ある方に電話をしないといけないと思って掛けると、呼び出し音が鳴るか鳴らないかという間に直ぐ出て、名前を告げると「今、お宅に電話を掛けようと電話の前に座ったところだった!」と、相手の方は非常に驚いて、しばらくの間本題に入れませんでした。

そんな経験をしてからは、以前はおぼろげに感じていたことをしっかり認めました。目に見えない世界は、確かに存在していて生活と大きくかかわっている、ということを。

だからといって、わたしの生活が大きく変わったわけではありません。でも、自分には感じないからといって、見える人や感じることが出来る人を否定するのは止めようと思うようになりました。それから、何年か経って、スピリチュアルカウンセラーと呼ばれる方々もマスメディアに多く登場するようになって、明らかに時代が変わりつつあるなーと感じています。

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八十八夜

立春から数えて八十八番目の日が今日です。

日本には、こういう季節による呼び名がいっぱいあってとっても、文化を感じますよね。

私の里は静岡県なんですけど、近くにはお茶畑があってたぶん、茶摘みが今頃ピークを迎えていると思います。昔からお世話になっているお茶屋さんへ行くとお茶畑の向こうに、大きくそびえる富士山が見えて晴れやかな気分になれるので、大好きな場所です。

誰にも、落ち着ける場所や、好きな風景があって癒されることができますよね。

GWは、そういう面でも大きな贈り物なのかもしれません。休み明けは、体が疲れていてもココロはリフレッシュ出来て日本中が元気になっているといいですね。

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夏が来たー!

今日から、ブログデビューします!よろしく、お願いします。

おとといの朝まで、ここ彦根は寒かったし、作業場は床がコンクリートのせいもあって午前中はストーブが活躍してました・・・・・。それなのに、きょうは26~27℃

一気に夏!

朝から、コタツの布団をはずしたり、あれやこれやと夏バージョンへ変更してたら、何だか疲れてしまって・・・・。でも、今日は絶対暑くなれーっと思って、お祈りしてた人もいるかもしれないし、その人にとっては、「今日は最高!やったー!」ですね。

いろんな人がいて、いろんな考えをもっているから地球上で生きていられるんですよね。

みんなが同じ考えだと、これだけ豊かな暮らしは出来ません。そうやって考えると、さっきすれ違った人が、私の今朝のお味噌汁の菜を作ってくれた人かもしれない・・・・。

みんな、どこかでつながっていることがわかると、何故か安心してしまいます。

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